
| 第1項 | はじめに | 仏教は仏の教えであり、仏になる教えである。 それはインドにおいて、覚者となり仏陀となった 釈迦牟尼世尊が体認され、証説されたところの教法である。 |
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| 第2項 | 宗派について | わが宗派は「浄土宗西山深草派」である。 浄土宗は元祖法然上人によって開宗された宗旨である。 しかし、開宗以前から仏教の一門として浄土教はあった。 その浄土教とは、西方に世界あり、極楽または安養浄土といい、 その土に仏ましまし阿弥陀といい、今、現に説法されている。 もし、人あって、その仏名を称念すれば、その願力によって その国に往生することができる。 という易行の法門、他力教のことである。 西山流義は西山証空上人によって、深草義は円空立信上人に よって確立されたものである。 西山流は三派ある。(西山浄土宗と西山禅林寺派と深草派) |
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| 第3項 | 立教開宗のこと | 仏教の中の浄土宗は、阿弥陀仏を信じ、 念仏を申して浄土に生れ仏になるという教えである。 この教えを立て、その宗義を開かれたのが法然上人であって、 浄土門の元祖大師と仰ぐのである。 開宗とは、法然上人が仏教の中から 浄土念仏の宗義を開かれたということである。 浄土の教門とは、浄土に往生することを明かす教えの門であって、 その宗旨とするところは念仏の行である。 法然上人の立教開宗とは、まさしくは往生浄土の教えを立て、 専修念仏の中の浄土教念仏宗を立教開宗されたのが承安五年 (1175)春、三月、おん年四十三歳であったというのである。 そして、宗とする名を浄土といい、 宗祖法然上人とも呼称するところから、 開宗と云えば浄土宗ということになるが、 もう一つの、かくれた名の念仏宗に、より深い意味を持つのである。 |
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| 第4項 | 念仏を宗とすること | 法然上人が六十六才のとき、(1198年・建久九年)撰述された 選択本願念仏集は立教開宗の宣言書である。 その表題の念仏集は念仏宗に通じ、 内題には「南無阿弥陀仏、往生之業、念仏為先」 と標記されているなど「ただ一向に念仏すべし」の意をくわしく 集記したものであるということができる。 法然上人は浄土の教えを立て浄土往生の門を開いて一切衆生の 私たちが、ただちに、たやすく、その教門に入りて助かり、 苦悩がのぞかれるという行法は念仏である、 念仏を申すことであると事実上において念仏宗なるものを 打ち立てられたのである。 念仏は行である。 われらが三業の上にあらわれる行為であるところに現実性がある。 そこに念仏を宗とするの説得力を強く感ずるものである。 |
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| 第5項 | 開宗のよりどころ | 伝記(勅伝、その他)によれば、善導大師、観経の疏、散善義の中 「一心専念彌陀名号行住坐臥不問時節久近念々 不捨者是名正定之業順彼仏願故」 の一文であるとされている。 この一心専念は一心専称のことであり、 彌陀名号は南無阿彌陀仏のことである。 そして行住坐臥は「いつ」「どこでも」であり、 時節久近は「時間の長短」のことであり、 念々不捨は「名号を執持して、かたときも忘れない」ことであり、 称名をしつづけることである。 そして、そのことが「正定之業」であるという。 正定業とは正行の中の正行、正中の正たる決定業であって、 私たちが必ず救われるところの、浄土往生を決定する正業である。 |
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| 第6項 | 念声是一 | 乃至十念の乃至とは、多から少へ向っていう言葉であって、 多とは一生涯を通じて称えるということ、 少ないほうは十声一声までという意味である。 そして、下至というのも、下は十声一声から 上は一生一代を通じて称える念仏という意味である。 乃至十念も下至十声も、ともに念々の一念一称と単一化し 「一念なを生まる、いかに、いわんや多念をや」 という歓喜の念仏相続となり、 他力本願、易行の念仏宗が立教されたのである。 |
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| 第7項 | 平信の称名、念仏 | 「仏意の底意、名号の不思議を知ることは容易ではないが、 ただ願体(仏)に帰し、名号を称うるより外に別の往生なしと信ずるを、 平ら信じに帰するとは云うなり」ー円空上人浄土安心五代相承訣、 「ひら信じ」とは平信と書き、 この平(ひら)とは、「ひらたい」「なみ」「普通」「ただ」「ひたすら」 という意味であって、 特別にむつかしい義理をわきまえることなく、 学問もない普通の平凡人が、 ただひたすらに信じて称える念仏、それが平信の称名である。 元祖法然上人の 「智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし」をうけて、 それに通ずるところの、やさしい、 ありふれた称名相続が平信の念仏であり、 それが西山流となり、深草義となって、つづいてきたのである。 |
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| 第8項 | 三部経のこと | 大経(無量寿経上下二巻) 観経(観無量寿経一巻) 小経(阿弥陀経一巻) これを浄土教所依の根本聖典、三部経という。 |
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