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法然上人は今からおよそ八百七十年ほどの昔、長承二年(1133)の
四月七日に、当時の地名でいいますと、美作国、久米、南条、稲岡の庄というところでご誕生されました。現在の岡山県の久米郡、久米南町であります。 |
| 法然上人のご両親は、父を漆間時国公(うるまときくにこう)、母は名前はわかりませんが秦氏の一族の方でした。(当時は一般女性が個人名で記録されることがなかった。) |
法然上人の正式なお名前は「法然房源空」といいます。
明治以前の坊さんには名字がありませんでしたので、その名字にかわるものとして○○房といった「房号」などが用いられていました。 |
法然上人の場合、実名が源空であります。
上人とは、高僧に対する尊称です。 |
| 元祖とは、いうまでもなくものごとを初めて行った人、本家本元のことである。 |
法然上人が、八万四千の法門といわれる膨大な仏教の教えの中から、
「南無阿弥陀仏とひたすら念仏を称えれば誰でも浄土に往生ができる」
という完璧な確証を経典から発見し、念仏をはじめて独立させました。
したがって法然上人を念仏の元祖と呼ぶようになったのです。
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天皇から諡(おくりな)して頂いているものに、「円光大師」・「東漸大師」・
「恵成大師」・「弘覚大師」・「慈教大師」がある。
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著作には「選択本願念仏集」・「浄土三部経私記」・「浄土経釈」・
「往生要集釈」・七個条起請文」・「一枚起請文」・「漢語灯録」・「和語灯録」
などがある。 |
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