★平成14年10月〜平成15年12月★
★平成16年1月〜平成16年12月★

平成
17年
12月
●人生に待ったなし
【まことに生死事大、無常迅速、時は人を待たず】

これは、曹洞宗の開祖道元(1200〜1253)が中国宋で修行中に記した日記の一節だが、
禅堂の廊下にはよく行事の開始を告げる木版が掛けてあり、
そこに同じような文言が書かれている。
うかうかしていると、たちまち一日一瞬がむなしく過ぎ去ってしまうから、
心をひきしめて、
いち早く仕事に取り組み、悔いのないように、との警告とうけとれる。
京都東福寺の鼎州禅師は、ある日、弟子を連れて庭そ散歩していた。
すると一陣の風に吹かれて、しきりと落ち葉が舞い散った。
禅師が歩きながら一枚一枚落ち葉を拾って袂に入れているのを見た弟子が、
「おやめください。あとで掃きますから」といったとたん、禅師は大喝一声、
「馬鹿者、あとで掃きますからなどという心がけで美しくなるか。
一枚拾えばすぐに一枚分だけ美しくなるではないか」と叱りつけたという。
やるべき仕事を後回しにし、それをたしなめられると弁解する者をよく見かけるが、
理屈はどうにでもつけられるもので、そういう人間は最初からやる気がないのだ。
平気で約束の時間に遅れてくる者も同様である。
電車やバスは一人のためだけに待ってくれはしないのだ。
《道元・宝慶記》
平成
17年
11月
●孤独に耐える
【自らを灯明とし、自らを依拠として住せよ。法を灯明とし、法を依拠として住せよ。】

お釈迦さまが八十歳で入滅する直前に、
直弟子のアーナンダ(阿難)に向かって説いたことなどを記したという
原始仏教経典『大般涅槃経』の一節である。
クシナーラの町の近くで、お釈迦さまが、
「私は疲れた。横になりたい。あのサーラの双樹のもとに床を敷いてもらいたい」と告げ、
頭を北に向け顔を西に向けて横になったという。
アーナンダは、ここではじめてお釈迦さまの死の近いことを知り、そっとその場を離れて、
「ああ、私はもっと師から学ばなければならないことがたくさんあるのに、
私を残して逝かれるのか」と、一人さめざめと泣いた。
お釈迦さまはアーナンダがそばにいないことに気づき、アーナンダをかたわらに呼んで
「私の肉体はここに滅びても、私の教えは永遠に生きている。
だから、私の肉体を見る者が私を見るのではなく、私の教えを知る者こそが、
私を見るのである。
私の亡きあとは、
私の教えを知る自分と、私の説いた教え(法)をよりどころとして生きるがよい」
と語って、静かに目を閉じたという。
花びらは散っても、花の芯は残るのであり、先人のよき教えをわきまえる者にとっては、
別離の悲しさ、孤独といえども、かならず堪えられるものなのだ。
《大般涅槃経》
平成
17年
10月
●おおらかに考える
【信不信を言はず、有罪無罪を論ぜず、南無阿弥陀仏が往生するぞ】

時宗の開祖・一遍(1239−1289)の言行録の一節で、日常の生活には仏もなく人もない、
ただおおらかに念仏をすることが、わが身を救う道である、と説いている。
この「ただ」というのは、鎌倉時代の各宗の祖師がよく用いた。
曹洞宗の開祖・道元(1200−1253)は「只管打座」といって、
ただひたすら坐禅をすることを説き、
浄土宗の開祖・法然(1133−1212)も臨終に際し「ただ一向に念仏すべし」と言い残した。
坐禅をしたら悟れるとか念仏をしたら極楽往生できるといった理屈をつけずに、
ただ実行することをすすめているのだ。
そして、われを忘れてひたすら修行してゆくと、
深くてはかりしれない、おおらかな世界が開けてくるという。
「まあ、いいじゃないか」と、屈託のない笑顔で人生のうさを吹きとばすことが、
わが身を救うのである。
《一遍・語録》
平成
17年
9月
●人生に待ったなし
【まことに生死事大、無常迅速、時は人をまたず】

これは、曹洞宗の開祖・道元(1200−1253)が中国宋で修行中に記した日記の
一節だが、禅堂の廊下にはよく行事の開始を告げる木版が掛けてあり、
そこに同じような文言が書かれている。
うかうかしていると、たちまち一日一瞬がむなしく過ぎ去ってしまうから、
心をひきしめて、いち早く仕事に取り組み、悔いのないように、
との警告と受けとれる。
京都東福寺の鼎州禅師は、ある日、弟子を連れて庭を散歩していた。
すると一陣の風に吹かれて、しきりと落ち葉が舞い散った。
禅師が歩きながら一枚一枚落ち葉を拾って袂に入れているのを見た弟子が、
「おやめください。あとで掃きますから」といったとたん、禅師は大喝一声、
「馬鹿者、あとで掃きますからなどという心がけで美しくなるか。
一枚拾えばすぐに一枚分だけ美しくなるではないか」と叱りつけたという。
やるべき仕事を後回しにし、それをたしなめられると弁解する者をよく見かけるが、
理屈はどうにでもつけられるもので、そういう人間は最初からやる気がないのだ。
平気で約束の時間に遅れてくる者も同様である。
電車やバスは一人のためだけに待ってくれはしないのだ。
《道元・宝慶記》
平成
17年
8月
●悔いを残さない
【たとい身はもろもろの苦毒の中に止むとも、
我が行は精進にして忍んで遂に悔いざらん】

法蔵菩薩は自分はいかなる犠牲をはらってもけっして後悔せず、
かならず仏になってみせるという決意のほどを披?し、
とうとう阿弥陀仏となったという。
「やるとなったらどこまでやるさ、それが男の意地じゃないか」という歌もあるように、
「俺はやるぞ」とやるべきことを思い込んだらいのち懸けで
やり抜くのが人間の生き甲斐である。
それでもたいてい途中で「やりきれない」と投げ出してしまうのが常であるが、
槍は切れるものではなく「つらぬく」ものだ。
フランスシス・レイの作曲した『ある愛の詩』が主題歌となった洋画
『ラブ・ストリー』をご存知のことと思う。
富豪の息子オリバーは白血病にかかったジェニーという女子学生と恋におち、
父の反対を押し切って結婚したが、まもなく病気が悪化し、
彼女の死という悲恋の結末を迎えるが、
彼の最後に語ったことばは、「ほんとうに愛するとはけっして悔いのないことだ。
僕には悔いがない」であった。
恋をする者は、その間どんな障害にぶつかろうともけっしてくじけず、
初志をまっとうするくらいの覚悟がなければ、その恋はほんものにならないだろう。
信仰することも恋愛と同様で、どんな苦難が待ち受けていても、
それは神仏が与えた試練と受けとめられるようである。
《無量寿経》
平成
17年
7月
●叱るという愛情
【わが前にて申しにくくば、かげにてなりとも、わがわろき事を申されよ。
聞て心中をなおすべき】

ひとを叱ることはほめること以上にむずかしいものだ。
下手な叱り方をすると相手は拒絶反応をおこし、
”角を矯めて牛を殺す”ように反発するし、控え目にするとなめられてしまう。
この点について文芸評論家・亀井勝一郎氏は、
「叱るということを徹底的に考えるならば、それは、
宗教的行為であることでなければならない」といい、
「神仏の教えに反する点について叱るということが、
ほんとうに叱るということではないだろうか」と『現代親子論』で述べている。
誰でも、ひとに叱られてよい気持ちはしない。
しかし、それ以上に叱る者はよい気持ちがしないものだ。
自分のうっぷん晴らしに当たり散らす叱り方は、ほんとうの叱責ではなく、
それは一過性の台風みたいなものだから、痛くもかゆくもなく、
時がたてば過ぎ去ってしまう。
ところが、おだやかに親身に叱られると骨身にこたえる。
ひとを叱ることのできる人は、叱る理由を相手に伝え、
自分を叱っているつもりで相手を叱るのでなければなるまい。
そうした親身の叱り方をして、はじめて相手もその心意に打たれ、納得する。
ほんとうに叱ってくれる人がいるというのは有難いものだ。

《蓮如・
御一代記聞書》
平成
17年
6月
●救いを得られぬ人々
【唯除というは、ただのぞくということばなり。
五逆のつみびとをきらい、誹謗のおもきとがをしらせんとなり】

これは親鸞が本尊としてまつった仏の銘文を注釈したもので、
浄土三部経の中の『無量寿経』の十八願の末尾の一節を解説したことばである。
これを「抑止の文」といい、仏はすべての人を救うといいながら
なぜ五逆と正法を誹謗する人を除く例外をもうけたのか、
と従来から論議されている個所でもある。
五逆とは父母や聖者、仏を傷つけ、仏教教団の和合を破戒し、
分裂させることを指し、そうした行為と、
正しい仏教の教えを非難する者は救いにあずかれないという。
いくらよいことを教え、救いの手をさしのべても馬の耳に念仏で、
いっこうに聞き入れない人間がどこの世界にもいるものである。
そればかりか、かえって人間の道をふみはずし、
悪逆無道の行ないを平気でしても反省の色や良心のひとかけらもない人さえいる。
殺す理由のない親を殺す子や、親の子殺しなどがまさしくそれだ。
冒頭の一節はこうした人間のおかす罪はきわめて重いので、
それをおかさないように仏は慈悲をもってあらかじめ注意を換起したもので、
救われる身でありながら、自らその権利を放棄した者はまさに、
「縁なき衆生は度し難し」となろう。
鬼畜にも等しい冷酷無残な心の持ち主は、人間の権利を自ら放棄したといってよい。
《親鸞》
平成
17年
5月
●懺悔の心をもつ
【われら懺悔す。無始よりこのかた妄想にまとわれて衆罪をつくる。
身口意の業つねに顛倒して、あやまって無量の不善業をおかす】

新義派真言宗の祖と仰がれる覺鑁は、幼少のころ、
なによりも仏が一番尊いことを知り、仏門を志したという。
そして出家後は、法身仏の説法による密教がすぐれているということで、
これについて学んだ。
覺鑁は、浄土教の影響を受け、わが身のどうすることもできない愚かさや、
かぎりない罪深さにおののき、心から仏に懺悔する一文を綴ったのだが、
それが冒頭の一節である。
われわれは、いつも澄ました顔をして、この世を闊歩しているが、
その面の皮を一枚めくってみれば、
蛇蝎のごとき醜い自分の本性が見え隠れしていることに気づく。
人一倍見栄を張り、意地を張り、人前でいい恰好をし、さも自分には実力があり、
この世に存在する価値があるかのごとく振る舞い、
ほかの人がしらないのをさいわいに虚勢を張る者がいるが、
そうしたことはいつまでも続けられるものではない。
現代に生きるわれわれは、そうした不甲斐ない自分をしかと見据え、
身や口や心がもたらす数々の罪業を、仏の前に洗いざらいさらけだして、
心の底から許しを請う必要がありはしないだろうか。
仏はいつでも、どこでも、
そんなわれわれをあたたかい眼差しで見守っていてくださるのである。
《覺鑁・懺悔文》
平成
17年
4月
●自分を見失わない
【おのれこそおのれのよるべ、おのれを措きて誰によるべそ、
よくととのえしわれの力に勝るものいづこにあらん】

西欧でも『ダンマパダ』という原書で知られているこの経典は、
四百二十三の釈迦の人生訓がパーリ語で漢文調に語られ、
よくキリスト教の聖書(バイブル)と比較される。
釈迦はあるとき、ベナレスからウルべェラーの町へ伝道の旅に出た。
途中、若者たちが遊女を探しているのにぶつかった。
そこで釈迦は、次のように問いただした。
「君たちにとって、婦女をたずねるのと、おのれ自身をたずねるのと、
いったいいずれが大切なのだろうか」
それに対して、若者たちはハッとしてこう答えたという。
「それはもちろん、自分を探すことのほうが大切です。」
自分自身をよく知ることの大切さは、古代ギリシャの聖地デルフォイの
アポロン神殿にも刻まれており、哲人ソクラテスも
「賢明な、節度ある人、そうした人のみが自分自身を知るであろう」と説いている。
自分自身が何者であるかも知らず、自分自身よりも自分の持ち物を大切にし、
お金や色香に目がくらみ、つまらぬものにうつつを抜かしている現代人は、
釈迦の在世時代の、遊女を探す若者たちを一笑に付すことはできないはずである。
《法句経・一六〇》
平成
17年
3月
●臨機応変の対処
【酒のむは罪にて候か。
まことは飲むべくも無けれども。この世のならい・・・】
正確には、法然上人の法語を集めた『百四十五箇条問答』のなかの一節で、
弟子から問われた質問に対する答えとなっている。
ふつうならば「酒は飲まぬがよろしく候」と答えるべきであろうが、
酒を飲むのは悪いことだからやめろとさとしたところで、
それがやめられるわけではなく、
どうにもならないことをどうにかしようと力んでみたところでどうにもならないことを、
法然上人は自分の体験にてらして見抜いた。
そうしたことにかかわり、思い悩んでも仕方がないことだから、
「ただ一心に念仏申させ給え」と答え、
人間の浅知恵ではどうにもならないことに目覚められた仏に帰依し、
おまかせするより方法はあるまいというのである。
ここで注意しなければならないことは、法然上人はけっして、
「酒は飲んでもよい」といっているわけではない。
飲まないにこしたことはないが、どうしても飲みたければ、
念仏を申せるような飲み方をしなさい、というのである。
こうした実存的な考え方は米国の神学者ジョセフ・フレッチャーなどが唱えた
「状況倫理」の先駆的存在ともいえ、
何が善であるかをなすかを問うているのである。

《法然・和語燈録》
平成
17年
2月
●気楽に生きる
【念仏は、何にもさわらぬ事にて候ふ】

よく禅寺の山門には「葷酒山門に入るを許さず」と書かれているが、
「葷」とは、にら、ねぎ、にんにく、らっきょう、はじかみの五辛を指し、
それと酒は仏道修行のさまたげになるから寺院への持ち込みを禁止していた。
法然の弟子があるとき師に、「そのようなものを食べて臭いが消えなくても、
念仏は申さなければならないものなのでしょうか」
と尋ねたのに対する答えが冒頭の一節である。
すなわち、念仏さえ申せたら、そうしたものにこだわらなくてもよい、という。
いくら禁止したところで犯す者がいれば有名無実であり、
かえってそんな固苦しいことをいって偽善的行為を助長させるよりも、
もっと気楽に念仏を申してましな生き方をしようではないか、というのである。
「法然」という人名そのものが「自然法爾」というおおらかさを意味しているように、
心身ともに緊張から自分を解放し、リラックスすることを教えている。

《法然・勅修御伝》
平成
17年
1月
●誓いを立てる
【誓願なければ、牛の御するなきがごとく趣くところを知らず。
願来って行を持すれば、まさに所在に至らん】

われわれはちょうど牛や馬のような動物にたとえられ、
その欲望が野放しにされるとどこまで堕落するかわからないから、
誓いを立て、その目的に向かって心を調御しなければならないというのである。
そうしたかよわい、自由奔放に流れがちな心をととのえ、
意志を強くするには、たとえどんな些細なものでもよいから
「俺はこれだけはやるぞ」という実行可能なプランを立て、
それを神仏に誓い、願をかけたらどうだろうか。
新鮮な気分の年の初めは、その絶好の機会となるにちがいない。

《智・摩訶止観》


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