〒604-8035

京都市中京区新京極桜之町453

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案内地図

京都六阿弥陀仏の第六番札所
●六阿弥陀めぐりは、安祥院の開基、木食正禅上人の発願いより、
定められた功徳日参りを3年3ケ連続39回巡拝すれば
無病息災、家運隆盛、祈願成就がかなうと伝えられています。
1番 真如堂 京都市左京区
浄土寺真如町
11月15日だけ開扉 、
うなづき阿弥陀といわれる
2番 永観堂 京都市左京区
永観堂町
みかえり阿弥陀といわれる
3番 清水寺 京都市東山区
清水町1丁目
本堂と奥院の間の
阿弥陀堂に安置
4番 安祥院 京都市東山区
五条東大路東入る
ここより六阿弥陀めぐりが始る
5番 安養寺 京都市東山区
八坂鳥居前東入る
阿弥陀さんの蓮台が下向き、
花も下向きに咲いている
6番 誓願寺 京都市中京区
新京極三条下がる
天智天皇の勅願寺
●1番から順に巡る事が必要とされている
★功徳日 1月15日 2月8日 3月14日 春の彼岸
4月15日 5月18日 6月19日 7月14日 8月15日
9月18日 秋の彼岸 10月8日 11月24日 12月24日

円光大師(法然上人)二十五霊場第二十番
★西山国師第九番札所
新西国第十五番札所
★慈摂大師第六番札所
●慈摂大師。(1443-1495)
真盛。天台真盛宗の祖。念仏を重視して主に近畿地方で布教。

浄土門の聖地・女人往生の道場
●誓願寺はもと三論宗と伝えられているが、
法然上人が法相宗の蔵俊僧都から当寺を譲られたあと、
浄土宗になったといわれている。
現在は法然上人の高弟・西山善恵房證空上人の
流れをくむ浄土宗西山深草派の総本山である。
●誓願寺では平安時代に、
歴史上有名な二人の女性作家が極楽往生している。
ひとりは清少納言。
当寺で菩提心をおこして尼となり、
本堂そばに庵室を結んだ。
その後、念仏して往生をとげたのである。
もうひとりは和泉式部。
娘に先立たれ、その哀しみから世の無常を感じた式部は、
播州の書写山へ高僧・性空上人を訪ねた。
ところが、「京都八幡山の大菩薩に祈るべし」と言われ、
岩清水八幡宮へ参って祈ると夢に老僧が現れて
「誓願寺で祈るべし」と告げられたのである。
そこで、当寺に48日間こもって一心に念仏をたなえたところ、
今度は霊夢に老尼が現れて
「念仏をとなえれば女人の往生は疑いなし」との
お告げがあったという。
式部は尼となって庵を結び、ここでめでたく往生した。
この庵室が「誠心院」であり、今も新京極に現存している。

迷子のみちしるべ(標柱)
●現在の石柱は明治10年(1877)に建立。
正面に「迷子みちしるべ」、右側に「教しゆる方」
左側に「さがす方」と彫ってある。
まだ警察のなかった江戸末期〜明治中期に
迷子が深刻な社会問題となり、
各地の社寺や盛り場に石柱が建てられた。
迷子や落し物などをしたとき、
この石に紙を貼って情報交換したのである。
月下氷人(仲人)役の石ということから、
別名「奇縁氷人石」ともいう。

策伝忌(醒睡笑著者)
●誓願寺第五十五世安楽庵策伝上人〔落語の祖〕
(1554〜1642)は、戦国時代の僧侶として布教に
励むかたわら、文人や茶人としての才にも優れていた。
教訓的でオチのある笑い話を千余り集めた著書
『醒睡笑』八巻は後世に落語のタネ本となり、
策伝上人は「落語の祖」と称されている。
当寺では毎年10月初旬の日曜日に「策伝忌」を営み、
奉納落語会を開催している。

謡曲『誓願寺』と扇塚
●世阿弥の作と伝えられている謡曲『誓願寺』は、
和泉式部と一遍上人が誓願寺の縁起と霊験を物語る。
和泉式部が歌舞の菩薩となって現れることから
舞踊家の間に和泉式部信仰が生まれ、
能楽など芸能の世界の人々の信仰が厚くなった。
これが、「扇塚」に芸道上達を祈願して扇子を
奉納することにつながっている。
また、当寺の住職であった策伝上人が「落語の祖」
と仰がれていることも扇子との絆を象徴している。

★宝 物
●重要文化財
  誓願寺縁起 三副
  木造毘沙門天立像 一躯

●京都府有形文化財
  地蔵十王図 十一副
  その他、仏画や祖師像、宸翰(天皇ご自筆のお手紙)、
  綸旨(天皇のみことのり)を含む古文書を多数保存している。

 
★本山の行事案内
●1月1日        「修正会」
●2月3日        「節分会」
  2月15日       「涅槃会」
●3月14日       「善導忌」
●4月23日〜25日  「法然上人御忌」
●8月16日       「精霊送り」 「盆施餓鬼法要」
●10月初旬の日曜日 「策伝忌・奉納落語会」
●11月14日      「別時念仏会」
  11月20日      「西山忌」
●12月初旬の日曜日 「仏名会」
  12月24日      「お身払式」
  12月31日      「除夜の鐘」


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誓願寺阿弥陀如来画像
■誓願寺の創建とご本尊
●誓願寺は飛鳥時代に開かれた寺である。
天智天皇は常に仏の心を求められ、ある夜の霊夢(神仏のお告げ)により、
当時仏師として名を馳せていた賢問子・芥子国父子に
丈六(一丈六尺=4.8m)の阿弥陀如来坐像の造立を命じた。
二人は別々の部屋で仏の半身を彫っていたが、
合体すると寸分違わず合致して見事な仏像ができあがったという。
ご本尊の阿弥陀如来の完成とともに仏堂が建立され、
天智天皇6年(667)に七堂伽藍が完成、「誓願寺」と名づけられたのである。
  ご本尊を父子が制作していたとき、夜になると大勢の人がオノやノミを
使う音が聞えるので部屋の中を見ると、
賢問子が地蔵菩薩、芥子国が観音菩薩になり、
闇の中で光を放ちながら彫っていたという。
これらは春日大明神の本地(本来のお姿)であることから、
ご本尊は春日大明神が造られたと崇め奉られ、今日に至っている。

誓願寺関係画像

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